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大阪地方裁判所 平成7年(行ウ)24号 判決

原告 西川幸ことミッチ・ピエンチャイ

被告 法務大臣

訴訟代理人 本田晃 前田正明 ほか七名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成七年三月三〇日付けでした在留資格の変更を許可しない旨の処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正後のもの。以下、右改正前の出入国管理及び難民認定法を「旧法」といい、右改正後の同法を「法」という。)二条の二及び別表第一の三所定の「短期滞在」の在留資格をもって我が国に在留していたタイ王国国籍の原告が、被告に対し、法二条の二及び別表第二所定の「日本人の配偶者等」への在留資格の変更許可申請をしたところ、平成七年三月三〇日付けで不許可とされたので(以下「本件処分」という。)、本件処分は違法であるとして、その取消しを求めた事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1  原告は、昭和三四年一月二六日生のタイ王国国籍を有する外国人であり、昭和六三年二月一九日、タイ王国において、日本人である玉置輝也(昭和三七年三月一四日生。同人は、平成二年九月一七日、養父と離縁し、「西川」姓に改姓した。以下「西川」という。)と婚姻した。

2  原告は、平成元年四月二一日、旧法四条一項一六号、出入国管理及び難民認定法施行規則(平成二年法務省令第一五号による改正前のもの。以下、右改正前の出入国管理及び難民認定法施行規則を「旧規則」といい、右改正後の同規則を「規則」という。)二条一号所定の「日本人の配偶者又は子」の在留資格で在留期間を一年とする上陸許可を受け、我が国に入国した。

3  原告は、平成二年四月六日、一年の在留期間の更新許可を受け、さらに平成三年四月一一日、法二条の二及び別表第二所定の「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する者として一年の在留期間の更新許可を受けた後、平成四年八月一〇日及び平成五年九月一六日にいずれも一年の在留期間の更新許可を受けた。

4  原告は、平成六年四月一二日、在留期間の更新許可申請をしたが、被告は、原告が平成二年八月以降西川と別居状態にあったこと等から、在留期間の更新を認めるに足りる相当の理由がないとして、同年五月一九日付けでこれを不許可とした。

5  原告は、平成六年六月二日、出国準備を理由として「短期滞在」への在留資格の変更許可を申請し、同日、「短期滞在」の在留資格で在留期間を九〇日とする在留資格変更許可を受けた。

6  原告は、平成六年七月一八日、西川との法律上有効な婚姻関係が継続していることを理由として「日本人の配偶者等」への在留資格の変更許可を申請したが(以下「本件申請」という。)、被告は、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由がないとして、平成七年三月三〇日付けで本件処分をした。

三  争点

1  原告が本件処分時に法二条の二及び別表第二所定の「日本人の配偶者等」の在留資格が認められるための要件を具備していたか否か

(一) 被告の主張

法は、外国人が我が国において行おうとする活動に着目し、外国人が我が国において行う活動そのもの(法別表第一)又は外国人が我が国において行う活動の基礎となる身分又は地位(法別表第二)によって、在留資格を類型化しているのであるから、法別表第二所定の「日本人の配偶者等」の在留資格が認められるためには、当該外国人の行う活動が「日本人の配偶者等」としての活動、即ち、社会通念上婚姻関係にある者が行うものとされている夫婦としての同居、協力、扶助(民法七五二条)等の活動に該当することを要するというべきである。

原告は、平成二年八月以降西川と別居し、家庭裁判所における調停手続や在留期間更新許可申請の際に顔を合わせる以外には互いに連絡を取り合うことはなかったばかりか、西川に対して「三年間のビザがもらえたら離婚する」旨申し述べ、離婚を約した書面及び署名済みの離婚届の写しを交付する等していたものであるから、本件処分時には、両者の婚姻関係は完全に破綻し、夫婦としての活動を行う意思もその可能性も存在しない状態であった。

したがって、原告は、日本人の配偶者としての活動を行おうとする者に当たらず、「日本人の配偶者等」の在留資格が求められるための要件を具備していなかったのであるから、本件処分は適法である。

(二) 原告の主張

法は、「日本人の配偶者等」の在留資格が認められるための要件として、「日本人の配偶者等」という身分又は地位を有する者であることを要する旨定めているにすぎず、右身分又は地位を有する者としての活動を行うことを要するものとは規定していない。そして、法及び規則には、「配偶者」の意義を定めた規定は存在しないのであるから、「日本人の配偶者等」の在留資格が認められるためには、単に日本人との有効な婚姻関係が存在すれば足りるというべきである。

本件処分は、原告が西川との婚姻によって、日本人の配偶者という身分又は地位を有していたにもかかわらず、「日本人の配偶者等」の在留資格が認められるための要件を具備していないとしてされたものであるから、違法である。

2  原告について「日本人の配偶者等」の在留資格への変更を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした被告の判断に裁量権を逸脱、濫用した違法があるか否か

(一) 被告の主張

在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかの判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う被告の広汎な裁量に委ねられていると解すべきであるから、在留資格の変更を不許可とした被告の処分は、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の逸脱又は濫用があったものとして、違法となるというべきである。

被告は、〈1〉原告と西川の婚姻関係が実質的に破綻していること、〈2〉原告は、平成三年以降、在留期間更新許可申請の度毎に、被告に対して西川との同居の有無や別居の事情等について虚偽の申告をし、在留期間更新許可を受けていたこと、〈3〉原告は、平成六年四月一二日に在留期間更新許可申請を行うに先立ち、西川に対し、離婚を約した書面及び署名済みの離婚届の写しを交付した上で、離婚に応じることを条件に右許可申請に協力するよう要請していたこと等の諸事情を考慮して本件処分をしたものであって、その判断に裁量権の逸脱、濫用はなく、憲法二四条、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「人権A規約」という)一〇条、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「人権B規約」という。)一七条、二三条、二六条にも違反しない。

(二) 原告の主張

原告は、西川との同居を求めて家庭裁判所に調停を申し立てる等して婚姻関係を修復する努力を継続していたし、西川から原告に対して離婚を求める調停ないし訴訟が申し立てられたこともないのであるから、本件処分当時、両者の婚姻関係が完全に破綻していたとはいえない。

したがって、本件処分は、判断の基礎となった事実を欠くものであり、また、原告が西川の不貞、遺棄のために別居を余儀なくされ、「日本人の配偶者等」の在留資格による在留期間の更新許可申請が不許可とされたため、やむなく「短期滞在」の在留資格への変更許可を受けたものであることを考慮すると、婚姻関係上の諸権利を保護した憲法二四条や人権A規約一〇条、人権B規約一七条、二三条、二六条に反し、社会通念上著しく妥当性を欠くというべきであり、裁量権の裁量権を逸脱、濫用した違法な処分である。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1(一)  法二条の二によると、我が国に在留する外国人は、他に特別の規定がある場合を除き、同法別表第一又は別表第二の上欄所定の在留資格をもって在留するものとし、右別表第一の上欄の在留資格をもって在留する者は、当該在留資格に応じてそれぞれ我が国において同表の下欄に掲げる活動を行うことができ、右別表第二の上欄の在留資格をもって在留する者は、当該在留資格に応じてそれぞれ我が国において同表の下欄に掲げる身分又は地位を有する者としての活動を行うことができるものとされている。また、法七条一項二号によると、入国審査官は、当該外国人の申請に係る我が国において行おうとする活動が虚偽のものでなく、右別表第一の下欄に掲げる活動又は右別表第二の下欄に掲げる身分又は地位を有する者としての活動のいずれかに該当することを審査しなければならないものとされていて、日本人と婚姻した外国人が「日本人の配偶者等」の在留資格で上陸しようとする場合には、当該日本人との婚姻を証する文書及び住民票の写しのほか、当該外国人又はその配偶者の職業及び収入に関する証明書、本邦に居住する当該日本人の身元保証書を提出しなければならないものとされている(法六条二項、規則六条、別表第三)。

これらの規定によると、法は、個々の外国人が我が国において行おうとする活動内容に着目し、一定の活動を行おうとする者のみに対してその活動内容に応じた在留資格を付与し、我が国への入国及び在留を認めることとしているものというべきであるから、日本人と婚姻とした外国人が「日本人の配偶者等」の在留資格によって我が国に在留するためには、単に当該外国人が日本人と法律上有効な婚姻関係にあるのみでは足りず、当該外国人が我が国において行おうとする活動が日本人の配偶者としての活動に該当することを要するものと解するのが相当である。

(二)  ところで、法別表第二の「日本人の配偶者等」の在留資格については、日本人の配偶者としての活動の内容が個別具体的に定められておらず、その活動範囲を具体的に認識させるような規定も見当たらないから、日本人の配偶者としての活動の内容、範囲は、社会通念に従って判断するほかないものというべきである。そして、民法七五二条によると、夫婦としての活動の中核は、同居して互いに協力、扶助することにあるのであるから、これらの活動が日本人の配偶者としての活動に該当することはいうまでもない。

もっとも、当該外国人が配偶者の遺棄等によって夫婦としての同居・協力・扶助の活動を行うことができない状態に陥った場合であっても、未だその状態が固定化しておらず、当該外国人が婚姻関係を修復、維持し得る可能性がある等、婚姻関係が実体を失って形骸化しているとまでは認めることができない段階においては、なお社会通念上、同居・協力・扶助を中核とする婚姻関係に付随する日本人の配偶者としての活動を行う余地があるというべきであるから、当該外国人は、「日本人の配偶者等」としての在留資格を有するものと解するのが相当である。

他方、当該外国人と日本人の配偶者との婚姻関係が回復し難いまでに破綻し、互いに婚姻関係を維持、継続する意思もなく、婚姻関係がその実体を失って形骸化しているような場合には、もはや社会通念上、当該外国人に日本人の配偶者としての活動を観念する余地はないから、かかる外国人について、「日本人の配偶者等」の在留資格を認めることはできないというべきである。

(三)  なお、この点に関し、原告は、「日本人の配偶者等」の在留資格が認められるためには、日本人との有効な婚姻関係が存在すれば足りる旨主張するけれども、法は、「日本人の配偶者等」の身分又は地位ではなく、当該外国人が我が国において行おうとする活動に着目し、その活動内容に応じた在留資格を付与する趣旨に出たものと解すべきであることは、前記(一)で説示したとおりであるから、原告の右主張は採用の限りではない。

2  そこで、原告と西川の婚姻関係が、回復し難いまでに破綻し、互いに婚姻関係を維持、継続する意思もなく、婚姻関係が実体を失って形骸化していたといえるかどうかについて、検討する。

(一) 当事者間に争いのない事実に、証拠(甲一ないし八、一七及び一八、一九の一、二、検甲一ないし三、乙一ないし四、五の一、二、六の一、二、七の一ないし三、八の一ないし三、九ないし一二、一三の一ないし三、一四及び一五、一八及び一九、証人西川輝也、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和三四年一月二六日生のタイ王国国籍を有する外国人であり、昭和五二年、同国人であるトン・ペウツと婚姻し、同人との間に一子を設けたが、昭和五四年、同人と離婚した。その後、原告は、右子の養育を自己の両親及び兄弟に委ね、昭和五八年四月九日、旧法四条一項に該当する者としての在留資格で在留期間を九〇日とする上陸許可を受け、我が国に入国した。

原告は、入国直後から、長野県内にあるスナックにおいて、ホステス兼売春婦として働き始め、昭和五八年一一月頃からは、和歌山県日高郡美山村にあるスナックにおいてホステスとして働いていたところ、同店の顧客である西川と知り合い、昭和五九年三月頃から、同人と同棲するようになり、同年九月からは、和歌山市有本において同居するようになった。

(2) 原告は、その後も西川と同居しながら、ホステスとして働いていたが、昭和六二年七月四日、自宅で食事の支度中に火事を起こしたことから、前記在留期間を経過して我が国に残留していたことが判明し、同日、旧法七〇条五項違反の罪の現行犯として逮捕され、同月一一日、退去強制令書の執行によりタイ王国に送還された。

(3) 原告は、昭和六三年二月一九日、タイ王国において、西川と婚姻し、平成元年四月二一日、旧法四条一項一六号、旧規則二条一号に該当する者としての在留資格で在留期間を一年とする上陸許可を受け、再び我が国に入国した。

原告は、入国後、和歌山市内の肩書住所地にあるアパートにおいて西川との同居生活を始めたが、結婚の際の渡航費用や右アパートの保証金等の費用が嵩んだこともあって、以前働いていたスナックで再びホステスとして稼働するようになった。

(4) 西川は、和歌山市内の運送会社においてトラック運転手として勤務していたが、平成二年六月、原告が西川の女性関係を疑って自殺を図ったことから、原告に対する愛情を急速に喪失し、原告の入院中に勤務先の事務員であった松尾一美(以下「松尾」という。)と関係を持ち、退院後、原告に対して離婚を求めた。これに対し、原告が離婚を拒否したため、西川は、同年七月二六日頃、原告に対して旅行に出る旨告げて松尾とともに出奔し、和歌山県新宮市において同人と同居するようになった。

(5) 原告は、平成三年初め頃、西川の新居を探し当て、電話連絡したものの、松尾が西川に取り次がなかったことから、勤務先のスナック店長とともに西川の勤務先を訪ね、西川に対し、原告のもとに戻るよう要請した。これに対し、西川が、再び原告と生活する意思はないとして同居を拒否したところ、原告は、「三年間のビザがもらえたら離婚するので、今回だけ在留期間更新許可申請に協力して欲しい。」旨申し述べ、同年四月に満了する在留期間の更新許可申請をするために大阪入国管理局に同行するよう求めた。そこで、西川は、原告と打ち合わせの上、同年三月二八日、在留期間更新申請の際に添付する在職証明書、給与証明書及び印鑑を持参して大阪入国管理局に出頭した。その際、原告は、西川に対し、「西川が新宮市内の運送会社に転職したために別居しているもので、一週間に二、三回は原告のもとに帰っており、今後同居する予定がある。」旨記載された原告名義の書面を示し、右書面と同様の説明をするように要請した上、これを大阪入国管理局に提出した。

なお、原告は、希望する在留期間を三年、更新の理由を永住権取得と記載した在留期間更新許可申請書を提出したが、被告は、平成三年四月一一日、法二条の二及び別表第二所定の「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する者として在留期間一年の更新許可をした。

(6) 原告は、平成三年秋頃、和歌山県内において弁護士事務所を開設する畑弁護士に対し、西川との夫婦関係調整を求める調停の申立を委任し、和歌山家庭裁判所新宮支部に右申立をした。右調停において、原告は、西川との同居と在留期間更新許可手続への協力を求めたが、西川が同居には応じられないものの、在留期間更新許可申請手続には協力する旨説明したことから、平成四年二月頃、右申立を取り下げた。

西川は、原告の右要請を受けて、平成四年三月三一日、大阪入国管理局に出頭した。その際、原告は、西川に対し、「仕事の都合で別居していて、月に一、二度しか会えないが、早く一緒に住みたいと思っている。」旨記載された書面を示してこれを書き写すよう求め、西川が書き写した右書面を添付した上、希望する在留期間を三年とした在留期間更新許可申請書を提出した。これに対し、被告は、同年八月一〇日、在留期間を一年とする更新許可をした。

(7) 西川は、平成五年三月頃、畑弁護士から、在留期間更新許可申請手続に協力するよう求められたことから、同年四月八日、在職証明書等を持参して大阪入国管理局に出頭した。その際、原告は、希望する在留期間は三年で、西川と原告の住所地で同居している旨在留期間更新許可申請書に記載し、これを大阪入国管理局に提出した。西川は、同年九月六日、大阪入国管理局の係官から、電話で原告との生活状況について事情聴取を受け、かねて原告から依頼されていたとおり、仕事の都合で別居しているものの、月に一ないし三回は原告のもとに帰っている旨回答した。そこで、被告は、同月一六日、在留期間を一年とする更新許可をした。

(8) 西川は、平成六年二月頃、畑弁護士から、在留期間更新許可申請手続に協力するよう求められたが、原告が繰り返し「三年間ビザが出たら離婚する。」旨説明しながらも、毎年右手続への協力を求めてくることに煩わしさを感じたことから、同弁護士に対し、「口約束ではなく、何か後に残るようなものが欲しい。」旨回答した。そこで、畑弁護士は、原告に対して事情を説明し、西川に右手続に協力してもらうために、離婚を約した書面を作成するように勧めた。これを受けて、原告は、畑弁護士から、同弁護士作成に係る「あなたと別れて他の人と結婚しようと真剣に考えてこの一年を過ごしてきました。周りから、結婚を勧めてくれる人もいました。でも、期限が近づいた今になっても、どうしてもその人との結婚の決意がつかないのです。悪いですが、もう一年私に最後のチャンスをくれないでしょうか。この一年で必ず決心できる人を見つけて結婚しようと思っています。そのためには、今年の更新とあともう一回の更新に協力してもらうことが絶対必要です。これは、私からの最後のお願いですので、もうこれ以上はお願いしません。来年の四月を過ぎたら出す離婚届も弁護士畑先生に預けることにします。」等と記載された書面を示され、その記載内容について説明を受けた上、これを書き写し、さらに離婚届にも署名してこれらを同弁護士に交付した。

西川は、畑弁護士から、右書面及び離婚届の写しの交付を受けたことから、再度在留期間更新許可申請手続に協力することにし、同年四月一二日、在職証明書等を持参して大阪入国管理局に出頭した。その際、原告は、在留更新許可申請書に希望する在留期間は一年で、西川と同居している旨記載して提出した。

(9) 原告は、右在留期間更新許可申請が平成六年五月一九日付けで不許可となったことから、同月末頃、原告訴訟代理人弁護士らに相談の上、同年六月二日、出国準備を理由として「日本人の配偶者等」から「短期滞在」への在留資格変更許可申請をした。これに対し、被告は、同日、「短期滞在」の在留資格で在留期間を九〇日とする在留資格変更許可をした。

その後、原告は、原告訴訟代理人弁護士らに対し、夫婦関係調整、婚姻費用分担及び西川と松尾の男女関係解消を求める調停申立を委任し、同年七月一四日、和歌山家庭裁判所御坊支部に右調停を申し立てた。

なお、右調停は、平成七年夏頃、不成立となった。

(10) 原告は、平成六年七月一八日、西川との法律上有効な婚姻関係が継続していることを理由として本件申請をした。これに対し、被告は、原告と西川の生活状況を調査した結果、西川は平成二年八月頃原告と別居し、以来松尾と同居して二子を設けており、他方、原告は平成三年以降、西川に対して生活状況等について虚偽の申告をするよう要請した上、在留期間更新許可申請書に虚偽の内容を記載する等していたもので、平成六年には、西川に対して離婚を約する書面及び署名済みの離婚届の写しまで交付していたこと等が判明したことから、原告について日本人の配偶者としての活動を行うものとは認められず、在留資格を変更すべき必要性、相当性もないものと判断し、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由がないとして、平成七年三月三〇日付けで本件処分をした。

なお、被告は、本件申請に際し、原告から、前記調停申立中である旨の申出であったことから、同月三一日、原告に対し、「短期滞在」の在留資格による在留期間更新許可申請があれば、右調停係属中であることを勘案して判断する旨の説明を行ったが、右在留期間更新許可申請は行われず、その結果、原告は、現在、在留期間を経過して我が国に残留している状況にある。

(11) 原告は、西川と別居した後も、肩書住所地に居住し、ホステスとして月二〇万ないし三〇万円の収入を得て生活している。原告は、平成三年初め頃に西川の勤務先で同人と話し合った後は、前記各調停や在留期間更新許可申請手続の際に顔を合わせる以外に、西川と会ったことはなかったし、毎年三月頃、大阪入国管理局に出頭する日時を打ち合せる以外には、電話連絡することもなかった。これら在留期間更新許可申請手続の際には、原告は、西川に対し、「三年間ビザが出たら離婚する。」旨の説明を繰り返していて、松尾との生活を解消して原告のもとに戻るよう積極的に働きかけたことはなかったし、また、平成六年五月に在留期間更新許可申請が不許可となった後、前記調停を申し立てるまで、西川に対して生活費の支給を求めることもなかった。

(12) 西川は、平成二年七月二六日に原告のもとから出奔して以来、松尾と同居して夫婦同然の生活を送っており、同人との間に、平成四年一二月三一日に松尾翔也、平成六年一〇月二九日に松尾優美を設け、右各出生後間もなくこれらの子をそれぞれ認知している。西川は、原告に対して離婚を求める調停や訴訟を申し立てたことはないものの、既に松尾との間に家庭を築いていて、平成六年六月頃からは、松尾の祖父が経営する果物畑の栽培を手伝い、将来はその後継者として右経営を引き継ぐ予定であり、原告との婚姻関係を修復する意思は全くない。

(二) 右認定事実、殊に、本件処分当時、原告と西川は、既に四年半以上にわたって別居状態にあり、この間、調停や在留期間更新許可申請手続の際に顔を会わせたり、電話で右申請を行う日時を打ち合せたりする以外には、互いに連絡を取り合うこともなかったこと、しかも、西川においては、松尾との間に二子を設けてこれを認知し、同人の祖父の仕事を手伝って生計を立てる等、既に同人との生活の基盤を築き上げていて、原告との婚姻関係を修復する意思を完全に喪失していたこと、他方、原告においても、在留期間更新申請手続の度に、西川に対して「三年間ビザが出たら離婚する。」旨の説明を繰り返し、平成六年の在留期間更新許可申請時には、右申請への協力を得たら必ず離婚する旨記載した書面と署名済みの離婚届の写しまで交付していて、右申請が不許可となるまでは、西川に対して生活費の支給を求めることもなく、婚姻関係を修復するための積極的な行動に出た形跡も見当たらないこと等に照らすと、右別居以前に、原告が西川と約六年間同居ないし交際していることや、右別居の原因が専ら西川の不貞、遺棄行為にあることを考慮しても、本件処分当時、原告と西川の婚姻関係は、既に回復し難い程に破綻し、その実体を失って形骸化していたものとみるのが相当である。

3  そうすると、本件処分時における原告の活動は、日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当するということはできず、原告について「日本人の配偶者等」の在留資格を認める余地はないから、本件処分の取消しを求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

二  争点2について

1  前記一で認定説示したとおり、原告について「日本人の配偶者等」の在留資格を認める余地はないというべきであるが、仮に、この点を暫く措くとしても、次のとおり、本件処分に裁量権の逸脱、濫用があると目すべき事情は見当たらないというべきである。

2  法二〇条三項によると、被告は、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができるものとされているところ、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかの判断は、国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って、在留資格変更申請の理由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状や国内外の政治・経済・社会等の情勢等、諸般の事情を総合的に斟酌して行われる被告の裁量に委ねられているのであって、このような被告の裁量の性質に鑑みると、この点に関する被告の判断は、事実の基礎を全く欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして、違法となると解すべきである。

3  そこで、本件において、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした被告の判断に裁量権の逸脱又は濫用があったかどうかについて検討する。

前記一2で認定した事実によると、本件処分当時、原告と西川は、既に四年半以上別居状態にあり、西川は、松尾との間に二子を設け、同人との生活基盤を築き上げていて、原告との婚姻関係を修復する意思を完全に喪失していたのみならず、原告においても、この間、在留期間更新許可申請への協力を求める以外に、西川に対して婚姻関係を維持、修復するための積極的な働きかけを行っていなかったことを指摘することができるのであるから、仮に、本件処分当時、両者の婚姻関係が完全に破綻していたとまで認めることができないとしても、右関係修復の可能性は極めて乏しいというべきであり、このような状況において、それまで右関係修復のための積極的な努力をしてこなかった原告について、在留資格の変更を認めなければ、酷な結果となるとは断じ難い。

さらに、前記一2で認定した事実によると、原告は、平成三年以降、在留期間更新許可申請の度毎に、西川に対して「三年間ビザが出たら離婚する。」旨説明した上、別居理由や生活状況について虚偽の申告をするよう要請し、西川と同居している旨記載した申請書や生活状況等について虚偽の内容を記載した報告書を提出する等して正常な婚姻関係が継続しているかのように装っていたばかりか、平成六年には、西川に対し、右手続に協力してくれれば離婚する旨記載した書面と署名済みの離婚届の写しを交付していたものであるところ、かかる原告の行為は、出入国管理行政の適正な執行を著しく妨げるもので、我が国の国益保持の見地から看過することができないものというべきである。

そうすると、本件に現われた一切の事情、とりわけ右に指摘した別居後の両者の生活や婚姻関係修復に向けた活動の状況、在留期間更新許可申請の際の虚偽内容の申告に至る事情等に鑑みると、本件において、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした被告の判断が事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くものとは到底認められず、憲法二四条や人権A規約一〇条、人権B規約一七条、二三条、二六条に反するものでないこともいうまでもない。

三  結論

以上によると、いずれにしても、本件処分は適法というべきであり、原告の本件請求は理由がない。

(裁判官 鳥越健治 福井章代 出口尚子)

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